6月の末頃から糸魚川市内の至る所に、左のようなポスターがお目見えしています。
なんだかハッとするようなポスターですが・・・
実はこれ(社)奴奈川青年会議所 未来の「心」創造委員会が企画する『大人の教育力向上キャンペーン』のポスターです。
同委員会では、これからの未来を支える子供達に健全な環境を作るため、先ずは手本である大人達が襟を正し、手本となる行動を心がけようと、このキャンペーンを企画しました。
大人の環境に混ざった「小さな目」はあらゆるものを吸収します。
「悪いこと」という意識はあっても「ちょっとだけだから・・・」とか「他の人もやってるし・・・」という軽い気持ちでやってしまうことが、子供達にとってはその善悪が分からず、その行為を標準化してしまうもの。
大人のちょっとした意識で子供達の道標は大きく変わります。
「反面教師」にならないよう心がけたいですね^-^
さて、このキャンペーンではこのポスターのような標語を募集しています。
応募期間は7月1日~9月15日までで、町で見かける恥ずかしい行動を標語にしてご応募下さい。
最優秀賞には地元糸魚川のおいしいお米10kgが贈呈されます!
キャンペーンの詳しい内容や応募方法などはキャンペーン特設サイトをご覧下さい。
糸魚川地区公民館主催のペタンク大会が6月22日に行われました。
この行事はスポーツを通して健康な体を作ることと、スポーツを通しての交流を目的として毎年様々なスポーツを選択し、開催しています。
ペタンクとはフランス生まれのスポーツで、激しい動きを必要としないため、子供からお年寄りまでが楽しめます。
ルールは簡単に言えば2チームに分かれ、ビュットという目標の球にめがけて鉄球を投げ、目標球に近い自分チームの球が得点になります。先に13点先取したチームが勝ち。
狙った位置に投げる技術や、相手の球をはじき飛ばしたりとゲーム性もあるスポーツなのです。
テレビでSMAPやダウンタウンの浜ちゃんが競技したこともあり、知っている方も多いと思います。
美山にある多目的グラウンドで開催の予定でしたが、今にも降り出しそうな天気・・・
急遽糸魚川小学校の講堂での開催となりました。
過去にもペタンク大会を開催していることもあって経験者も多く、かなりハイレベルなゲームに。
負けていたチームが小学生のミラクルショットで逆転すると、周りからは大きな歓声と拍手が沸き上がっていました。
機会があれば皆さんも体験してみて下さい!
ちなみに糸魚川地区公民館では競技用具も貸し出してくれるとのこと。
地区行事の一環で計画してみては如何ですか?
糸魚川市内の押上・寺町・横町の海岸で、大型のクレーンが乗っかった作業船が3隻ほど毎日なにやら作業をしています。
この作業船、海岸線から沖合150m程の所に「人工リーフ」を建設中なのだそうです。
さてこの「人工リーフ」とは??
調べてみると高波の被害を最小限に抑えるため、少し離れた沖合に珊瑚礁に似せた構造物を海岸線と平行に建設して人工的な浅瀬をつくるのだそうです。
この人工浅瀬によって離れた位置で波が立ち上がり、護岸に到達する前にブレイクするので波のエネルギーを減衰させることが出来ます。
また、この暗礁には海洋植物が茂り、それを住処とする魚も増えるため、CO2低減や生態系の育成にも効果があるようです。
既に糸魚川の海岸では幅40mの人工リーフを延長約3,200mの規模で設置していたのですが、 平成19年1月に糸魚川を襲った低気圧による暴風波浪被害により人工リーフが剥がれ、海岸線にまで打ち上げられてしまいました。
この大型作業船はその修復作業をしていたんですね。
工期は21年までの予定で、高波でも剥がれにくい構造に生まれ変わるそうです。
できれば昔のような砂浜も再生して欲しいですね。
昨年10月に道路が封鎖され、以来冬期間の通行止めが続いている「白馬岳 蓮華温泉ロッジ」までの道路ですが、いよいよ今月末頃から全面開通の予定です。
蓮華温泉ロッジの田原様にお話を伺うと、現在はゲートのあるヒワ平~ロッジまでの除雪も終わり、道路の整備が行われている状況とのことです。
道路の状況次第ですが、スムーズに行けば例年通り6月の下旬ごろ(ちなみに昨年は6月29日開通)には開通の予定です。
写真は5月22日、彦平衛橋付近の除雪風景です。蓮華温泉ロッジ様からお借りいたしました。
現在ロッジへは徒歩で登ることができ、距離はヒワ平からおよそ8km、時間にして約2時間半ほどとのこと。
ロッジは既に3月20日から営業を開始していて、ゴールデンウィークには山スキーに訪れる方々が多数利用されたそうです。
平野部では夏を目前に暑い日が続いていますが、蓮華温泉付近はまだまだ春!
開通と同時に早春の山々を望みながら一番風呂などいかがですか?
お知らせ
白馬岳蓮華温泉ロッジでは30年以上前のロッジで撮影した古い写真を募集しています。
お持ちの方がいらっしゃいましたらロッジまでお寄せ下さい。
〒941-0067新潟県糸魚川市横町5-5-11
白馬岳蓮華温泉ロッジ事務所
「写真」係まで
先週配信いたしましたメールマガジン『メールおしらせばん』でもお伝えいたしましたが、ご購読されていない方のためにこちらでもご紹介します。
皆さんは[BMX]というスポーツ競技をご存じですか?
BMXとは「バイシクルモトクロス」の略で、1970年代にアメリカで発祥したスポーツです。
子供から大人までが楽しめるスポーツで、特に子供達にとって唯一の乗り物「自転車」を使うこと、派手なヘルメットやユニフォームが魅力となって急速に発展しました。
競技には様々な技を披露し、その技の華麗さや難易度によって与えられる得点を競う「フリースタイル」とオフロードコースを8人以下で競争し、順位を競う「BMXレース」があります。
現在では世界各地で大会が開かれており、今年開催される北京オリンピックでは正式種目にもなっています。
糸魚川中学校に通う歌川創志くん(うたがわそうし 2年 14歳)は5歳の頃に上越市金谷山にあるBMXレースの専用コースで初めて体験して以来ひたむきに練習を重ね、10歳で全日本準代表、その翌年には「環太平洋BMX選手権日本大会」の10~11歳クラスで見事優勝!
そして昨年度の全日本大会5戦においてポイントランク1位を獲得し、日本代表選手に選ばれました。
創志君が挑む世界選手権は 「2008 BMX世界選手権中国大会」で5月28日から6月2日まで中国の太源で開催されます。(全日本BMX連盟ホームページ)
世界40カ国から延べ2,500人もの選手が集結し、日本からは48名の選ばれし精鋭が世界一の座に挑みます。
小学校6年生の頃にアメリカで行われた国際大会に出場経験がある創志君。今回は二度目の海外遠征です。前回よりも実力・度胸共に成長しての今大会。その活躍にも大きな期待が持てますね!
12歳の時に突然の病によって母親を亡くした創志君。その時に「BMXをがんばる」と言っていたそうです。
創志君はお母さんとの約束通り、世界の強豪と対戦できるところまで上り詰めました。
是非いい結果を出して天国のお母さんに報告してあげて下さい。
がんばれ創志くん!! 皆さんも応援宜しくお願いいたします!!
4月27日の日曜日。糸魚川のビーチホールまがたまにて、糸魚川シチュエーションロードムービーズ主催による第一回上映会「オリヲン座からの招待状」が上映されました。
糸魚川に映画館が無くなり20数年、公共施設を使った映画上映は何度かありましたが、一個人のイベンターが行う上映会は初めてではないでしょうか?
上映された『オリヲン座からの招待状』は浅田次郎のベストセラー短編集「鉄道員(ぽっぽや)」の最終編に収容され、長く映画化が待ち望まれていた作品で、主演は宮沢りえ、加瀬亮。
昭和三十年代の京都を舞台に、時代に翻弄されながらも一軒の映画館を守り続けた夫婦と一人の青年のお話です。
代表の伊藤達也さんは「映画をエッセンスにすばらしい人生を送れる人を増やすこと」を掲げ、最終目標として「糸魚川に映画館を造る!」事なのだそうです。
その大きな目標の第一歩が今回の上映会です。
会場では彼の目標に賛同した多くのボランティアが駐車場の整備などを手伝っていました。
また、過去に糸魚川にあった映画館の写真を各方面に呼びかけて集め、ボードに掲載するなど趣向を凝らし、訪れた人を楽しませていました。
当時を知る方は「懐かしいですね。当時を思い出しました。」と感激した様子でした。
現在の市街地図に当時の映画館の配置を書き込み掲載していたボードでは、地図を指でなぞる方もいらっしゃいました。
今後2回、3回と上映会を続け、糸魚川に映画館の火を再び灯してもらいたいと思います。
次回の上映会も楽しみです!
雨のため一日延期となった今年の「能生 白山神社 春季大祭」
心配されていた雨もお走り前にはすっかりと上がり、1時間半ほどの遅れはあるものの祭りは午後の舞楽へと移ります。
前編でも記載したとおり、この舞楽は糸魚川けんか祭りの舞楽と同様、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
起源は定かではありませんが、室町時代から続く歴史有る舞楽とされています。
大阪四天王寺の舞楽に通じるものとされていて、この地に伝来する課程でその姿を変えたのではないかとされています。
舞楽は五人の稚児、四人の大人、そして楽人で構成され、全部で十一曲の舞楽が奉納されます。
特に稚児の舞いが八曲を占め、この日のために神社社務所で共同生活をしながら練習を重ねてきました。
舞台は境内中央、秋葉神社の向かいに正面を置き、お走りで御輿が納められた御旅所へと橋が架けられています。
舞人たちはこの橋を渡り中央の舞台でその舞いを披露します。
太鼓の打ち出しと共に14時45分頃に舞楽がスタートしました。
まずは稚児2人による「振舞(えんぶ)」。1人ずつ登場し、橋で鉾を受け取りゆっくりとした舞いで舞台中央へ進みます。
舞台の初を務めるこの舞いは、舞台のお祓いの意味も込められています。
紅白の衣装で頭には花冠を付けて舞われます。
その後「候礼(そうらい)」「童羅利(どうらり)」「地久(ちきゅう)」と稚児の舞いが続き、「能抜頭(のうばとう)」で初めて大人の舞人が登場します。
赤と黒の衣装で手には桴を持ち、顎髭をたくわえた赤い面を付けて舞います。
手に持つ桴(ばい)は武器を象徴しており、胡人が猛獣に噛まれ、その子が猛獣を探し求め、これを殺す型の舞いと言われています。
大きな動きで振る舞い、途中桴を置いて素手で舞う場面もあります。
続いては「太平楽(たいへいらく)」「納曾利(なそり)」。
「太平楽」は稚児四人で舞い、世の中の乱を治め、正しき道に戻すという目出度い舞いで、明治時代以降には天皇即位の際に「万歳楽」と共に奏されるのが例となっています。
衣装は赤・金で腰には刀、頭には鶏冠という姿で、一人ずつ登場し、途中で鉾を受け取ります。
最初は鉾を持って舞い、その後鉾を置き素手で舞い、最後は刀を抜いて舞います。
非常に長い舞いですが、しっかりと舞い切りました。
「納曾利(なそり)」は雌雄の龍を模した舞楽とされ、その面は下あごから突き出た牙が特徴です。
手には桴を持ち大きな動きで舞い、観客の目を引きつけました。
ちょうどこの頃時刻は17時を回り、仕事帰りの方々が徐々に増え、境内は一層賑やかになってきました。
「弓法楽(きゅうほうらく)」は青・銀系の衣装で頭は巻纓冠(けんえいかん)、手には弓矢を持って舞います。
舞楽中に実際に矢を放つ場面があり、四人の稚児が拝殿方向へ一斉に矢を放ちます。
この矢は縁起物とされ、放たれた矢を拾おうと観客が集まります。
今年は放たれた矢の一本が拝殿の萱葺き屋根に見事に刺さり、訪れた観衆を沸かせていました。
そろそろ舞楽も大詰めです。日も大分傾き、午前中降った雨のせいかかなり肌寒くなってきましたが、観客の興奮は高まるばかり。
「児抜頭(ちごばとう)」は稚児一人、「輪歌(りんが)」は稚児四人で舞われます。
どちらも高貴な紫色の衣装を纏い、頭は花天冠。「児抜頭」では手に中啓、「輪歌」では手に花束を持ちます。
この「児抜頭」が終わるといよいよ「陵王(りょうおう)」の登場です。
既に舞台の周りには沢山の見物客が訪れ、陵王の登場を待っています。
四人の稚児の内、三人が橋掛かりを越えると最後の一人は橋掛かりに待機し、一人舞い続けます。
境内からは歓声がどんどん高まってきます。その歓声もピークを迎えると、稚児と陵王が入れ替わり最後の舞「陵王」が始まります。
境内は一層沸き上がり、陵王の舞に目を奪われます。
深紅の衣装を纏い、面は頭部に龍を冠し、赤熊毛(しゃぐま)を付けた恐ろしい姿。
手には中啓を持って大きな動きでゆっくりと舞台へ進みます。
例年であればちょうど夕日をバックに舞う時刻ですが、今年は既に日没を迎えてしまいました。
舞台には明かりが灯され、幻想的な雰囲気の中「陵王」が舞われます。
獅子舞連中や白丁達、そして観客が榊を手に橋掛かりへ詰めかけ、榊をたたきつけながら舞台を盛り上げます。
舞台中央で舞っていた陵王はやがて橋掛かりに再び戻ります。
頃合いを見計らって裃姿の総代二名が迎え出るが陵王はまだ戻らない。
橋掛かりでは若衆が榊を叩きつけ歓声を上げる。
その周りでは観客も「まだだ!もう一舞い!」と陵王を引き留める。
境内の盛り上がりが最高潮を迎えると陵王に神が降り、総代に飛び込み舞台から姿を消した。
すぐに橋掛かりが外さると御旅所から御輿が担ぎ出され、拝殿へ向かって一気に走り抜ける「御旅帰り(おたびがえり)」が始まります。
三基の御輿が拝殿に担ぎ込まれ神様を拝殿へ帰し、装飾を外され空になった御輿を御旅所へ戻すため、再び拝殿から走り出てきます。
途中拝殿前と御旅所前で「ワッショイワッショイ」と御輿を持ち上げ、御旅所に返します。
橋掛かりでは肩車された稚児も「ワッショイワッショイ」と祭りの最後を見届けていました。
最高潮を迎えた祭りも三基の御輿が納められると「下向(げこう)の行列」で終焉を迎えます。
参加した若衆が行列を作り、法螺貝を吹きながら白山神社を後にします。
道中「いい祭りだったよ!」「お疲れ様!」などと声を掛けられると、疲れも吹っ飛ぶのか、皆さんいい笑顔で応えていました。
この祭りを境に田植えなどが本格的に始まり、また来年の大祭を楽しみに過ごすのです。
毎年4月24日に能生白山神社で行われる春季大祭。
能生地区に春の訪れを告げる重要な祭事として、室町時代から続けられる伝統行事です。
特に舞楽は「糸魚川・能生の舞楽」として天津神社けんか祭りと共に、国の重要無形民俗文化財に指定されています。
今年は雨模様の天気となり、1日延期され4月25日に開催されました。雨天順延は10年ぶりとのことです。
この祭りは大きく分けて前日の「夕祭」、当日午前中に行われる「社参の行列」から「御輿のお走り」。そして午後の「舞楽」から「御旅帰り」に分かれます。
前日から「六社人」と呼ばれる神の使いは拝殿に寝泊まりし、境内からは一歩も出られません。また、お稚児さんと男親も社務所に泊まり、夕祭の神事に従事します。
夕祭では午後三時半に区民会館から神社へ登社する「夕祭の行列」、拝殿で行われる「宵宮祭」を行います。深夜には祭りで使われる法螺貝を渡す「貝渡し」。その後その法螺貝を吹く「一番貝」、「二番貝」と神事が続きます。
当日は区民会館から白山神社までの「社参の行列」からスタートします。残念ながら小雨模様のスタートとなってしまいました。
貝吹き役が吹く「三番貝」の合図で行列が進みます。その貝吹き役を先頭に大旗や道具持ちなどが続き、白丁に肩車された五人の稚児も続きます。
時々立ち止まっては法螺貝を吹き、また神社へ向かって歩き出します。
途中には祭りの華でもある屋台が軒を連ねていました。
境内では獅子舞連中が腕組みをし、社参の行列を迎えます。
お稚児さんや舞楽の面や小道具は舞台の橋がかりへ下ろされ、白丁は拝殿周辺で待機します。
その後、舞台では「御庭祓」の神事が執り行われます。小学校一年生1人、三年生4人のお稚児さんも神妙な面持ちでお祓いを受けます。
その間、「七度半の使い」という神事が行われます。楽屋から使徒が割竹を持った白丁に先導され、裸足・裃姿で拝殿まで出向き、六社人の一人「大部」に口上を述べます。
しかし社人は振り返り拝殿へ戻っていきます。
これを7回繰り返し、8回目。同じ仕草を繰り返し楽屋へ戻ると見せかけ、途中で拝殿へ戻ります。ここで獅子舞副頭の「ヤァー」の掛け声で拝殿奥の獅子が飛び出し、「御神嚮(ごじんこう)の打出し」が始まります
獅子と社人が黙礼をした後、獅子はまるで動いていないかのようにゆっくりと辺りを見渡す仕草をします。
時間が止まったかのような雰囲気の中、再び「ヤァー」の掛け声で獅子は更に飛び出し激しく舞い始めます。
その後ろに続いて三基の御輿が拝殿から続いて出てきます。続いて大旗、花竹、お稚児さんも肩車されて境内をゆっくりと練り歩きます。
この頃心配されていた雨はすっかり上がり、日が差してきました。
昨年中越沖地震で被災し、今年4月に再建された秋葉神社の裏で休憩を取りながら、2周ほど廻るといよいよ午前のクライマックス「お走り」が始まります。
境内をぐるっと取り囲むように御輿、獅子、お稚児さん、大旗などが定位置に付くとお走りの準備が始まります。
下駄を草鞋に履き替え、袴の丈はは詰められます。そして肩車されたお稚児さんも振り落とされないように付き人がしっかり支えます。
二人で舞っていた獅子は一人になり、頭を肩に抱えてこちらも準備万端。合図を待ちます。
秋葉神社の裏にいる三の御輿が低く構えると、後ろの御輿やお稚児さんもそれに合わせて準備します。
三の御輿の六社人「兵部」に神様が降りたときに走り出すのだそうです。
しかしなかなか走り出しません。観客からも「あぁー」とため息が漏れます。
しばらくこれを繰り返し、じらされた担ぎ手の興奮もピークに達した頃「ヤァー」の合図で三の御輿が走り始めました。
それに続いて後ろも一斉に走り出します。
1周回るとお稚児さんは橋がかりで降ろされ肩車され、「御旅所」へ納められる御輿を「ワッショイワッショイ」と煽ります。
あっという間に境内を走り終えた三基の御輿は無事に御旅所へ収められ、その後御輿にお供えをする「供神鐉(きょうしんせん)」と秋葉神社前での「黙礼の式」が行われます。
御旅所から拝殿までに橋が架けられ六社人がそれを渡り、三基分の酒や餅、鯛などを運び無事走り終えた御輿に供えます。
黙礼の式は六社人の大部が秋葉神社まで出向き、舞楽の開始を告げるものです。
大部が秋葉神社前に到着すると秋葉神社から楽人が出てきます。
ゆっくり階段に足を掛け見合うと阿吽の呼吸でお互いが振り返ります。
この時社人が早いと豊漁豊作、楽人が早いと商売繁盛と言われるそうです。
お互いが振り返ると周りからは「同時だ!」「うまい!」などと声が上がりました。どうやら豊漁豊作と商売繁盛が占われたようです。
これらの行事が終わるといよいよ舞楽が始まります。
祭りは動から静へと一転するのです。
